(ほぼ日刊イトイ新聞 - 上がりたかったんだ。E.YAZAWAの就職論)

糸井 たとえば10年前、 矢沢永吉はどんなふうに考えてたの? いろんなものの価値観が がらっと変わりそうだなっていうときに。

矢沢 ひとつだけわかったことはね、 この激動の時代の中でね、 ダウンロードできないものを 作らないといけないと思ったの。

糸井 ははぁー。 矢沢 ダウンロードできないものしか 残れないってわかったの。 だってものすごい勢いでさ、 すべてがダウンロードできる時代じゃない。

糸井 つまり、デジタルコピーのことですよね。

矢沢 そういうことです。 ダウンロード、デジタルコピー。 時代がそういうふうに動いていくときに、 どっちかだろうと思ったのよ。 ダウンロードできないものか、 逆に、とことんダウンロードできるものか、 どっちかだと思った。 真ん中じゃもうダメだと思ったね。

根拠はないが、以下のことは事実でありましょう。50人の男にひとりは人格障害者=サイコであり、2人は痴漢であり、3人はカッとなると暴力が押さえられないDV男であり、4人はアル中であり、5人はストーカーである。6人には虚言癖があり、7人は病的に怠惰であり、8人は強烈馬鹿母親系マザコン(立派母親系マザコンはよいのである。母親のチェックは怠りなく。男は母親に似る。精神の貧しさも豊かさも男の場合は、母経由。)である。つまり、ほぼ安全なまともな男とは、50人中14人しかいないのである。しかし、何を悲しむことがあろうか。14人も「まとも」なのだ。そう思って、後の36人と関わらないように用心してちょうどいい。「男を見たら痴漢と思うこと」は、若い女の子の「教養」です。中学や高校の生徒手帳の最初のページに、評語として印刷されるべき知恵である。
5分の2の女性が結婚相手に年収600万円以上を望んでいるが、
結婚可能な男性の3.5%しかこの条件に該当しない。

◇さて、さきほど、僕が今10代だったら本は出さない、と書いたが、それは嘘です(笑)。本を出す意味が変わってくるだろうということです。かつてはインターネットがなかったから、雑誌や本でしか、自分の内部の表現衝動やコミュニケーション衝動を発露する場所がなかった。しかし、今は、それはインターネット上にある。衝動的な表現をしたあとで、整理・吟味・反芻した結果としての本の役割は別物だと思う。そして、その行為を実現するには、やはり個人にとっては4年程度の時間が必要なのだと思う。

◇今の出版崩壊は、本来の本を生産するのに必要な時間サイクルを無視して、雑誌のような本を大量に発行することによって拡大した市場が滅びていくということである。村上春樹のベストセラーは、やはり本を出すには、それなりの時間が必要だということを示している。3時間のインタビューで1冊の本を作りだすシステムでは、インターネットに勝てない。アイドルと同じで時代の旬が過ぎたら飽きられる消費物になるだろう。インターネットを使えばいくらでもネタとアイデアを拾って本という形式に落とし込むことは出来る。しかし、そんなものは「本」とは呼ばないのだ。インターネットの時代であるからこそ、本来の本を作るために使われる時間と努力と才能が重要になってくるのだと思う。

あらゆる情報がデジタル化される時代には、その価格が限界費用=ゼロに近づくことは避けられません。マイクロソフトとルパート・マードックがやろうとしている検索エンジンの制限も、うまく行くと見る向きはほとんどない。基本的には、メディアはアクセスを集める「フロントエンド」と割り切り、集めたアクセスを広告やイベントなどの方法で収益化するしかない、というのがここ5年ほどのWeb2.0の実験の結論です。

これはメディア産業にとって、悪い話ばかりでもありません。新聞のコストの4割は販売経費であり、残りの半分以上も印刷機などのインフラや管理部門で、記者は社員の1/4程度しかいない。その半分近くも整理部などの間接部門で、記事を書く記者は1000人もおらず、そのほぼ半分が地方支局に勤務しています。ウェブベースに移行すれば、インフラのコストはゼロに近く、レイアウトに労力を費やす必要もなく、もちろん販売経費はゼロです。

アゴラ : 新聞の没落はジャーナリストのチャンス - 池田信夫

池田信夫氏のいつもの主張である。ネットに移行すれば情報の価格は限界費用としてのゼロ円に近づくと。そしてデジタル化されたら、インフラコストが「ゼロに近い」と。

池田氏は、自分のブログは無料なのに何万アクセスがあるという自慢話に差し替えちゃってネットのインフラコストについてウヤムヤにしてしまうレトリックをよく使うけれど、ネットだってインフラコストはかなりかかるし、一日に何千万アクセスとかあればハンパない管理機能が必要になるよ。ロリポップやさくらインターネットでレンタルサーバー借りて終わりってわけにも、EC2だけで終わりってわけにいかない。バックエンドにCMSの機能を持たせなければいけないだろうし。

いや、もちろん旧態然とした紙媒体からデジタル媒体へ完全に体制が変わるのならば、いまの紙媒体を生産するためのインフラがいらなくなるのはそのとおりだと思う。ただ、Webを見ている人間はまだそんなに多くないし、時間的な因子が全く含まれていないドラスティックな意見を表明するだけでは、フィージビリティの観点からは誰の役にも立たないと思うな。「知っていますか、長期的には我々はみな死んでいるんです。」と一生懸命主張しているみたいだ。

情報の価格がゼロになる点についても、極論を言い過ぎだと思う。例えば、僕はThe Eocnomistなら年間3万5000円を払っても手に入れるし、必要な情報は有料でも購入する。ついこの間はisologueの磯崎哲也さんのメールマガジンを購入した。しかし、ひとつだけ明らかに言えるとすれば、池田信夫氏のブログが有料になったら、それがどんな価格であるとしてもその価格に見合う対価を見つけることが難しいだろうということだ。その点で、氏の情報の価格こそすでに限界費用に達しているのかもしれない。

(via kashino) (via yuco) (via yaruo)